今年1年、「大河ドラマ『新選組!』をめぐる旅」と称して京都・函館・会津若松と出かけた。
最後のしめくくりとして訪れたのがここ、日野宿本陣である。
JR日野駅からほぼ一本道、タクシーで行っても初乗り料金の距離だった。
立派な門をくぐり道なりに歩けば入り口である。ここは土間であったようだ。
ガイドさんが何人か待機しており、また無料だというのでお願いする。
「新選組と家について、どちらを重点的に解説しますか?」と聞かれたので両方お願いする。
私たち3人の他、ひとり参加の若い女性と一緒に解説を聞くことになった。
他にもグループもいて思ったより見学者がいるようだ。
以下はおぼろに覚えている解説していただいた内容とパンフレットから引用させていただく。
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この建物自体は1864年、佐藤彦五郎氏の時に建てられたもの。
甲州街道沿いの本陣であるが参勤交代の折りに使用するのは4藩程度と少なかったそうだ。
土間から上がれば立派な大黒柱があり今もこの家を支えている。
左側は奥さんの部屋、右側は当主が普段仕事をする部屋である。
そのまま進めば正面玄関・式台のある部屋だが、
当時はすでに参勤交代など行われていなかったため土方歳三がよく昼寝をしていたそうだ。
式台では甲州鎮部隊遠征の際沖田総司がしこをふんだという伝説があるという。
ここの戸板には覗き穴が開いていた。
こちらは釘隠しいろいろ。いちばん左のは一般的なものだそうだが、
真ん中の逆さこうもりはめずらしいそうだ。
また、当主と奥さんの寝室にはつがいのうさぎになっていた。
こちらは子孫繁栄をあらわすものだとか。
玄関の間を通り過ぎるとある控えの間。
この一番奥の部屋は土方歳三の写真と刀を持ち帰った市村鉄之助がかくまわれていたとか。
麻模様の欄間は細く削った桐の木を組み合わせたものだそう。
ところどころ抜けていて「これは模様? 壊れてるの」とぐるぐる見渡す私たちに
ガイドさんは解説のペースを乱されてしまったようで
「そんなところに注目する人は始めて」と言われてしまった…。
床の間の透かしも麻模様。
これは左側からみると平面図だが反対からみると立体的になっている。
ちょうど西日が差してシルエットも綺麗だった。
本来「本陣」というのには一番えらい人が滞在する上段の間があるそうだが、
こちらにあったものは親戚の家にあげてしまったそうだ。
その際取り壊して建てなおすのではなく二間をそのまま引きずっていったそうで、
邪魔になるからと庭のひょうたん池をつぶしてしまった。
馴染みの大工さんはそのかわり廊下にひょうたんを埋め込んだそうだ。
また柱には鯉が滝のぼりをしている図柄が施されている。
なかなか粋な計らいをするものだ。
なんだかんだと説明をしてもらっていたら日がすっかりと傾いてきた。
ふるさと歴史館への道を聞いてお暇する。
「…交差点を左に曲がって坂を上りきったところを…」
さ、坂を上る!?
言われた通りに行ってみると確かに結構な坂が…。
しばらく行くと住宅街の中に歴史館はあった。
帰りはバスにしてみたが初乗り料金である。
<おまけ・新選組のふるさと歴史館>
新選組のふるさと歴史館には多摩地方の歴史資料などもあった。
天然理心流の稽古で使用したという木刀があったが重い。
その他には大河ドラマの小道具が結構あるので大河ファンにはウキウキものだ。
隊服なども置いてあり、着替えて記念撮影もできる(やらなかったけど)。
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新宿へと戻る道すがら、多摩川を渡る時車窓から夕日を受けてシルエットで浮かぶ富士山が見えた。
変わったけれど変わらない、そんな風景は今もあるのかもしれない。 |