2003年8月27日〜30日 4日間 ひとり旅
8月28日(木)  白谷雲水峡 晴れ


飛流おとし
◆いざ、もののけ姫の森をめざして
 ぐっすりとした眠りから覚めると早々に朝食を取りホテルを出た。
 ホテルは宮之浦のバス停から近く、白谷雲水峡は宮之浦からはバスで1本なので便利だ。バス停には近くに宿泊している人の他にペンションの車で送られてきた人もいる。
 宮之浦を出てすぐ、上屋久町役場前のバス停からはまた人が乗ってくる。この付近には素泊まり宿が多いので、ひとり旅の人やバックパックを背負った人などもいた。
 路線バスはゆっくりと山道を登っていく。9時過ぎに入口へ着くと「初めての方は説明をどうぞ」と案内されたので小屋の前に集まった。
大きな杉がたくさん
 そこでは簡単なコースの説明、所要時間などを教えてもらえる。楠川歩道は歩きやすいので、まずは原生林歩道からもののけ姫の森を目指し、楠川歩道から戻り、時間があれば弥生杉に行ったほうが良いとのことだった。
 アドバイスどおりに進むことにして「森林環境整備推進協力金」という名目の入場料を払っていざ出発。
 まず最初のポイントは「飛流おとし」。水が岩場をすべり落ちてくる。
 そしてまだまだ入口付近のはずである。が、日頃アウトドアもスポーツもしない私はこの時点でかなり息切れし、早々にひとやすみである。
 一瞬ここまででいいかな、と思いもしたが、あまりにも情けないのでもうちょっと頑張ってみることにしよう。
こんな杉が至るところに
 入場時にもらったパンフレットに名前の付いた杉がいくつかあり、それを目標にひたすら歩いていく。
 登山経験のある方ならさほど難しくない道のりかもしれないが、初心者には結構険しい。
 歩くところもなんとなく道筋があるような気がするくらいで足元も悪いので軽登山靴くらいはあったほうがいいかもしれない。
 道筋の目印のピンクのリボンも、色あせていると結構見えづらい。
 景観を壊しているという話も聞いたが、私には頼りないが重要な道しるべに思えるのだ。
 何度も地図と景色を見渡して道を確かめる。なんせ私は人一倍足が遅いので、同時に入場した人たちはあっと言う間に見えなくなり、ひとりきりになってしまったのだった。

 それにしても、なんて空気の濃い場所なのだろう…。
 深い深い緑、じっとりとまとわりつく湿気、なによりも、まわりを飲み込んでいく木々の勢いがすごい。
 私の知っている杉は神社などで見かけるストイックなほど真っ直ぐに空に伸びていく清冽な印象の木々である。
 しかしこの森の杉はあきらかに違う。
 深く閉ざされた空を目指して右に左にねじまがり、他の植物を踏み潰しのっとられながら根を張り巡らして山を包み込んでいる。
 今ここで足を滑らせて谷底へ落ちたら、きっと見つけられることなく私も森に飲み込まれて行くのだろう。
中通れます
 そんな想像に身震いしながら進んでいくと川に差し掛かった。
 ここまでにも何度か川を渡ったが今度は少し躊躇してしまう。何というか、本当に川だ。
 所々岩があるがここを渡るのか…?と地図を見ると「増水時注意」とか書いてあるし。
 天気がいいから良かったものの、雨だったり大雨の後だったりしたら初心者がひとりで歩くのは危険ではないのか、と思ってしまう。
 ガイド付きツアーにしなかったことに多少の不安はあったものの、ここまで来て引き返すのももったいない気がしてくる。
 しばらく考えていると、とある家族が通りかかった。6歳くらいの男の子とおかあさんとおばあちゃんの3人組である。
 元気いっぱいの男の子が私の様子に気づき、一緒に川の向こうの目印リボンを見つけて渡る。男の子は軽快に石の上を飛んで行き、私は案の定踏み外して川にはまってしまった…。
 ご家族と別れてひたすら歩き、ようやく白谷小屋へ到着。近くの川で空になったペットボトルに水を汲む。
 屋久島の水は超軟水だそうで、お腹を壊しやすい私でも気兼ねなく飲める。
 ついでに汗だくで化粧なんぞもすでに剥がれ落ちているので、ハンドタオルを濡らしてそのまま頭からかぶる。川の水は冷たくてとてもおいしかった。
 しばらく休んであともう一息、と歩き出す。この先にようやく「もののけ姫の森」と呼ばれる苔の広場があるのだ。
寝転がったらふかふかしていそうな苔たち
 そこにたどり着いた人々は一様にため息をついていた。
 森の中は暗くはないけれどやはり鬱蒼としてるのにくらべ空が開けて、一面の苔の絨毯を映し出している。木々の隙間からは今にもコダマが顔をのぞかせそうな雰囲気だ。

 さて、とりあえずの目的地にはたどり着いた。ガイド付きツアーの終着点もたいていここである。しかしまだ時間がありそうだし、せっかくここまで来たのだし…と太鼓岩まで行くことを決意する。

 苔の広場を抜け重い足をひきずり辻峠にたどり着くと更に道は険しくなっていくような気がする…。道というか、岩を登っていくのだ。
 やっぱりやめればよかったかと暗い面持ちでひたすらのぼり、丸太を渡りもう引き返そうとあきらめかけたところで下山する人々とすれ違った。
 皆一様に晴れ晴れとした笑顔で「もうすぐですよ。ここまで来たら絶対太鼓岩まで行った方がいいですよ。とっても気持ちがいいから」と言う。
 それならば、と最後の気力をしぼってようやく太鼓岩へとたどり着いた。

 岩の上にいる人たちに混じって私も心の中で歓声をあげる。なんという爽快感! 久しぶりに見る太陽のなんとまぶしいことか。
 10人ちょっとは座れそうな岩の上は実に気持ちがよく、お弁当を広げている人たちもいる。岩のぎりぎりまで這っていきのぞきこんでいる人もいたが、さすがに怖いのでそこまではできなかった。
 それにしても眼下には緑の山が鮮やかだ。やっぱりここまで来てよかった、と大満足して太鼓岩を後にする。
 実に晴れ晴れとした気分で来た道を戻ると、やはり疲れきってうつむいてる人々に出会う。だから今度は私が笑顔で「もうすぐですよ!」と言ってみるのであった。
たどりついたー! 気持ちいい〜!!
 再び苔の広場を通り過ぎると木々の隙間に何かがいる。目を凝らすとそれは小鹿であった。「シシ神さまの使いじゃ〜」と心の中で叫び、そーっとカメラを取り出そうとしたら、向かいから来た奥様グループが「鹿よ鹿〜」と騒ぎ、一斉にフラッシュをたいてしまった…。

 白谷小屋まで戻り、今度は最初のアドバイス通り楠川歩道へ進む。こちらは江戸時代献上するための木を伐採して運ぶ時に作られた道で、石畳の箇所もある。
 行きの山道よりは格段に歩きやすく、予想よりもはるかに早い時間で飛流おとしまで戻ってこれた。
 しかしさすがに弥生杉まで足を運ぶ気力はない。帰りのバスまでまだ時間があるので、ここで休憩をしている人も結構いた。

 14時半過ぎ、予定していたバスに無事に乗り込み一息ついていると、発車してすぐに車掌さんがアナウンスで「水飲みたい人〜」と言ってきた。乗客は皆意味がわからず何の反応もせずにいると再び「水飲みたい人いませんか〜」と車掌さんの声。
 まぁ、水なくなってるしな、とぱらぱらと手が挙がる中にまぎれるとゆるゆると走り始めていたバスが止まり、ドアを開けながら車掌さんが「ここに湧き水があるのでどうぞ〜」と実にのんびりとした口調で案内してくれる。
 なんと粋な計らいよ、と我に返った乗客はわらわらと下車すると、それぞれ水を汲んで味を確かめる。この車掌さんはこの他にも観光案内のようなアナウンスもしてくれた。なんでも空気が澄んでいるときは、ここから鹿児島の開聞岳が見えるのだそうだ。

 宿に戻り真っ先にお風呂に向かいさっぱりする。良質の水をカラダの中と外から存分に味わったせいか、心なしお肌の調子が良くなった気がする(笑)。
 それにしてもよく頑張ったものだ。自画自賛して電池が切れるように眠りについた。